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岐阜県岐阜市にある「カムカムスワロー」は、「食べるを通じて、地域を健やかに」をコンセプトに近石病院が運営するコミュニティスペース。小さなお子さまから飲み込みの難しい高齢者まで、誰もが食事を楽しめるように、通常のカフェメニューの他に、飲み込みが難しい方向けのお食事である「えんげ食」を提供しています。そんなカムカムスワローのメニューが、2025年4月、フレンチ出身のシェフの手によってさらに進化しました。今回は、リニューアルを記念して開催された「見た目もおいしい えんげ食体験会」の様子と、味・見た目・飲み込みやすさから、温度・栄養価に至るまですべてにこだわった新しい嚥下食について取材しました。
カムカムスワロー
グランシェフ
カムカムスワローは、飲み込みが難しい方もそうでない方も一緒に食事をしながら交流ができるような場所を作りたいという思いから生まれたコミュニティスペースであり、特別な場所ではなく当たり前にある場所として地域に広まることを最終的なゴールとしています。そのためには、嚥下食をより広く多くの方に知っていただき、“誰もが美味しいものを一緒に食べる”という価値をより追求していく必要があると、カムカムスワロー代表で歯科医師の近石壮登先生は感じていました。
そこで、フレンチ出身で一般的な料理はもちろん嚥下食の調理経験も豊富な西田光典シェフをグランシェフとして迎え、メニューをリニューアル。特に嚥下食は、味や見た目、栄養価といったクオリティ面をさらに高め、お子様向けのメニューなどバリエーションも増やしました。
リニューアルした嚥下食を飲み込みに不安を感じる方やそのご家族に体験していただくために開催したのが今回のイベント。ご高齢の親御さんとそのご家族、医療的なケアが必要なお子様とお母さんが、岐阜県内に限らず、静岡や富山など遠方からも集まりました。
西田シェフは「フレンチレストランのコース料理を楽しむような体験とともに、嚥下食を味わってほしい」という思いから、料理を1品ずつサーブし、参加者は食事をしながら、近石先生とゲストの朝日大学 谷口裕重先生、東北生活文化大学 中尾真理先生の座談会に耳を傾けました。
嚥下食コース1品目のオードブルは、春が旬の鯛を使った「春の鯛カルパッチョ~柿のドレッシングソース添え~」です。お刺身は嚥下食ではなかなか食べることができないメニューのひとつ。今回のカルパッチョには、加熱しなくても嚥下食が作れる、「カタメリン」というゲル化材を使用しています。火を通さずに仕上げられるため、お刺身や果物など、生ものを使ったメニューに幅広く応用できます。柿のドレッシングソースとほど良い酸味のダイス状のトマトゼリーが添えられており、見た目もまさにフランス料理の一品です。
テーブルに運ばれてくると、参加者からは「わぁ!」と驚きの声があがり、思わずスマホで写真を撮る姿も。試食した参加者からは「鯛の味と食感がして美味しかったです!柔らかいんだけど、鯛を食べてるって感じがしました」とのコメントをいただきました。
谷口先生からは「嚥下食を食べる時に一番苦労するのは噛むことですが、今回の鯛のカルパッチョは、舌と上顎で潰せるくらいの硬さに調整してくれている」と物性面も好評でした。
2品目は「なめらかなジャガイモのポタージュスープ」。素材の味を活かしながら、なめらかで飲み込みに優しく仕上がっています。
そして本日のメインディッシュ「とろけるハンバーグ〜デミ味噌ソースがけ〜」は、嚥下食でありながら温かい状態で提供されました。やけどの危険性に配慮し、人肌くらいかそれより1〜2℃高い温度に調整しています。温かく食べられるよう、再加熱にも強いゲル化材「ソフティアR」を使用しています。
物性面にもこだわっており、なめらかな肉のペーストにあえて少しざらつきのあるペーストを混ぜることによって、口に入れるととろけるような食感にしつつ、舌の上でお肉の食感が感じられるように工夫されています。そうすることで、余韻としてお肉の味が口の中に残るのです。
これに加えて、食事そのものの栄養価を高めることにも力を注いでいます。以前、施設に訪問した際に、嚥下食のエネルギー不足対策で高カロリーゼリーが提供されていることを知り、料理人として食事からしっかりエネルギーを摂っていただきたいと感じたからです。そのため、嚥下食のハンバーグにはペーストにする際の水の代わりに、ニュートリーコンク2.5を30mL加え、1食あたり75kcalのエネルギーをプラスし、美味しさと栄養面を両立させています。
味については中尾先生からも「嚥下食作りでは食材をミキサーにかける際に水分で薄めることが多く、どうしても味がぼやけてしまい、何を食べているのか分からないと感じることもありますが、今回の嚥下食は食材本来の風味がきちんと伝わってきました。」とご評価いただきました。
コースの最後を彩ったのは、春を感じさせる「いちごのムース」。常食としても美味しく食べられるデザートとなっており、ご家族みんなで同じデザートを楽しんでいただけました。
イベントの後半では、西田シェフと近石先生、ゲストの先生方が各テーブルを回って、参加者と交流する場面がありました。
嚥下食を召し上がる当事者とそのご家族からは、「一つ一つの素材の味がしっかりして、すごく美味しいです。お肉大好き女子なので、ハンバーグを一番気に入って食べていました(笑)」「家では嚥下食を作ると全部茶色になるし、こんなキレイな形に作れない。色とりどりの食事を食べられたことが本当に幸せでした。兄弟も一緒に参加して、みんなで一緒に食べられたことがすごく嬉しかったです」「この活動が日本全国どこの飲食店でも叶ったらいいなと思いました」といった感想が寄せられました。
西田シェフは「皆さまから、“おいしかったです”という声を直接聞けたのが何より嬉しかったです。今後もこれを励みに、当事者様に寄り添ったオーダーメイドの嚥下食メニューの開発を進めていきたいと思います。また、私たちの店舗から情報を発信し、この取り組みをもっと広めていきたい」と、意気込みを語っていました。
今回のイベントを終え、ゲストの中尾先生は「食事は単に栄養を摂るだけでなく、人と人をつなぐ大切な行為。食を通じて生まれるつながりが、障害や介護によって断たれてしまわないように、外に出て誰かと食事を共にする機会の大切さを、改めて実感しました。」と感想をいただきました。
また、谷口先生からは「飲み込みが難しい方にとって、外食の場でみんなと一緒に食べることは、食欲や美味しさにもつながります。カムカムスワローのような場所があるのは、とても価値があると思います。一方で、実際に来られる方はまだ限られていて、外出そのものが難しい方も多く、介護の問題などから来られないケースも少なくありません。今後は、そういった方々の生活の質を少しずつ高めて、外出や外食につなげていく取り組みが求められると感じました。」と外食の意義と今後の課題についてのコメントもいただきました。
カムカムスワロー代表の近石先生は、「今日の皆さまの笑顔がすべてを物語っていました。この体験が“また出かけたい”“リハビリを頑張ろう”といった前向きな気持ちにつながる第一歩になれば嬉しいです。“みんなで一緒に美味しいものを食べる“という価値を、さらに広めていきたいです。」と今回の取り組みに手ごたえを感じていました。
飲み込みが難しい方や、そのご家族にとって、外食という選択肢が特別なことではなく、日常となるように。今回のイベントが、その一歩になればと願います。
※この記事は、取材時点の情報をもとに制作しています。