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暮らしのリズムに溶け込むリハビリ

ライター:宮崎 詩子

祖母への食べるリハビリについて、どのような工夫をしていたのですか? という質問をいただきました。水が上手に飲めるようになったことに興味を持ってくださったとのこと。今回は我が家の食べるリハビリプログラムについてお話ししようと思います。

食べるタイミングは常に“寝起き”

ちょっと想像してみてください。あなたはベッドの中で眠っています。ぐっすりと深い眠りに落ちていて、起きるにはまだまだ早いなぁ……、なんだか今日はとても眠たいのです。と、思った瞬間、「朝ごはんよ!」という大きな声と共に身体が大きく揺さぶられました。びっくりして思わず目を開けました。でも……、身体は目覚めるには程遠い感じです。ところが次の瞬間、「ハイこれ食べて! 美味しいのよ」と身体をグイっと起こされてスプーンが口の中に入ってきたのです。

さて、あなたは上手に食べられましたか? 

私は暮らしの中で行う理想のリハビリとは、“暮らしのリズムに溶け込むリハビリ”だと思っています。寝たきり状態の祖母にとって、食べるタイミングは常に“寝起き”ですから、朝食を食べるまでの間に自分だったら何をするかを考えて、祖母にも同じようなことをしようと思いました。 

私の朝を思い返してみると、トイレに行きたくて目が覚めるだろうな。でも、パッとは起き上がれないなぁ、足がもつれてふらついてしまいそう。まずはベッドの中で伸びをして、ゴロゴロと寝返りを打って……そう、ゆるやかに身体を動かすことから始めます。

ということで、祖母への声掛けはこうなりました。

「ひろちゃん、もしかしておしっこ我慢しているんじゃない? 我慢しすぎると病気になってしまうから、すごーく心配しているの。もしも、おしっこを我慢しているなら、おしっこ出して欲しいなーと思って来たのよ」

しばらく待っていると、我慢していたおしっこが出て、尿取りパットを交換するのが常でした。 

このパット交換の時に、左右に何度も体の向きを変えるのですが、それが目覚めのストレッチを兼ねていました。次にベッドサイドに座り、ストレッチをしながら着替えをします。その後、立った状態でのストレッチへ。最後は肩回り、首、頬っぺたを軽くマッサージ、やりすぎるとまどろんでしまうので要注意です。祖母とのスキンシップの時間でもあり、とても幸せな時間でした。これを成功させるポイントは?……スキンシップしたくなる清潔さ! です。

食事と直接関係のないケアも、実はすべてが関連している

認知症になってからの祖母は、以前より頭脳を使っているからなのか、洗髪をしたり蒸しタオルで拭いたりとこまめなケアが必要でした。腰回りの洗浄も必要に応じてすぐにできるように住環境を整えていきました。入浴後には身体全体にワセリンを塗ります。お風呂上がりのいい香りの祖母を抱き寄せると、私たちの方が癒されます。ワセリンは排泄ケアでも必需品で、皮膚の荒れを防ぐのはもちろん、臭いの原因物質が皮膚に付きにくくしてくれます。また部屋の換気機能もアップさせ、臭いがこもらない部屋を作りました。

嗅覚が鈍くなると嫌な臭いを感じませんが、同時に良い香りも感じないのです。本人が感じていないからとあきらめて放置するのはもったいないです。臭いのない状態の部屋作りをして、コーヒーや焦がし醤油といった香りの強いものを提供することで嗅覚を刺激することは、とても大事です。祖母はある日、キッチンから流れて来たコーヒーの香りに気付き、「いい香りねー!」と言いました。私たちは「やったー!」と思いました。

食事と直接関係のないケアも、実はすべてが関連し合っています。食事の機能回復プランで、最初に手間と予算をかけるべきは「衛生を保つこと」なのです。効果的で安全なストレッチによって体の柔軟性が保てればリハビリ効果は最大になり、リハビリが成功すればケア全体が楽になります。

循環型の営みがケアですから、何か1つだけ良くしてもだめで、順番を守りながら、少しずつ質を改善すれば確実に変化していきます。 

ストレッチを終えて車いすでリビングに移動したら、“人工的に自然な形”で座ります。大小のクッションを背中や脇など色々なところにセットして、“食事をする時の自然な姿勢”に近付けます。車いすは後ろに反るようにできており、本来であれば食事向きではありません。そこでお尻の下にクッションを入れて前かがみにし、フットレストは外して台を置きます。我が家ではプラスチック製の収納ボックスを使いました。

介護

冬場はこの中に湯たんぽを入れます。高齢者は冷えやすく、冷えると集中力が低下して下痢の原因にもなります。腰回りも冷えやすいので要注意です。「身体を温める工夫」は、食事介助の重要な準備の1つでした。

目的は「感動的な時間を味わうこと」

高齢者

こうした準備を整えてから、いよいよ本人の集中力を引き出すための「刺激」を届けます。

それが「美味しい!」なのです。美味しくないものは集中力が散漫になるので、上手に飲み込めません。例えば美味しいとろみ付きの水を作ることは難しく、大抵は不味いです。ですから、代わりに緑茶のゼリーやリンゴゼリーを用意しました。ゼリーの次はゼリー飲料、炭酸ジュース、と進んでいきます。小さな成功を積み重ね、それが安定してできるようになったら少し難易度を上げていきます。刺激の無い「水」は難易度が一番高いことになります。「水」が飲めるかどうかは試し続けましたが、これはリハビリの成果を確認するためです。祖母は「水」ではなくジンジャーエールが好き。水分は本人が美味しく感じて上手に飲めるものから摂れますから、わざわざ飲みにくい水を無理して飲ませることには価値がありません。 

このほかの工夫としては、スプーンの大きさ、厚み、縁の形、材質に至るまで、「本当にこれで良いのか?」、「何故これなのか?」と祖母の様子を見ながら自問自答し続けました。スプーンを口に運ぶ時や口から引き出す時の角度も重要です。自ら目をつぶり、自分が介護される側になって試してみて、美味しいと感じる角度を探しました。 

支援する側はともすると“機能が回復すること”に目的を見出してしまいがちですが、機能回復は目的ではなく“手段”であり、目的は“感動的な時間を味わうこと”です。毎日が「最期のワンスプーンかもしれない」という気持ちで向き合っていたからこそ、一番良いパフォーマンスを発揮できるように整えることも楽しかったし、実践し続けることができたのです。

嚥下力は日々変化しますし、また回復したとしてもその先には加齢による低下が待っています。それが自然の経過なのです。そのことを常に想像しながら日々確認し、最期の日まで本人にとって美味しく食べられる状態を把握し続けることが、介護者の使命ではないでしょうか。 

嚥下について、我が家は手探りの中で行いましたが、素晴らしいスケールがあるのでご紹介しましょう。金谷節子先生が考案された「嚥下食ピラミッド」です。

嚥下食ピラミッド

出典:金谷 節子『キーワードでわかる臨床栄養 改訂版』,羊土社(2011)

使い方は単純で、それぞれの段階に書かれている食品を順番に試していき、どれが上手に飲み込めて、どれがNGかをテストするのです。例えばお粥も、水の量や煮込み具合、温度の冷め具合などによってどの段階に当てはまるかは変わってきます。我が家はメニューのバリエーションを広げることよりも、状態の違いを探求することに力を注ぎました。それが成功につながったのだと思います。

 

著者プロフィール:宮崎  詩子

ダイアローグ・メソッド・アソシエーション 代表理事
株式会社テレノイドケア 代表取締役

1976年東京生まれ。人形作家として活動する一方、約15年間、祖母の介護に没頭し、お洒落で楽しく幸せな介護を実現。その経験を社会資源にしようと2014年一般社団法人ダイアローグ・メソッド・アソシエーション(D–Method)を姉妹で設立。在宅ケアの患者家族代表として活動し、これから介護と向き合う方々には最初から幸せな体験をしてもらいたいと思いノウハウを色々な形で事業化。車椅子生活をお洒落にするスカート型のひざかけ(販売KISS MY LIFE)や大阪大学基礎工学部 石黒 浩 教授が開発したテレノイド™を用いた介護職向け研修サービス『テレノイドケア』の事業化を手掛ける。2017年株式会社テレノイド計画代表取締役就任。著書に『老いを育てる―在宅介護のエトセトラ』(医薬経済社)

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