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家族視点の患者評価―味覚と意欲の評価から始まる退院支援

ライター:宮崎 詩子

家へ帰りたいと言いたかった祖母

皆さんは“言えない”ということを深く考えたことがありますか? 高齢者は私たちが想像するよりも言えない状態になることが多いのです。病気や後遺障害によるものだけでなく、質問の意味がピンとこなかったり、質問者の語調や周囲の雰囲気に圧倒されたりした場合なども“言えない状態”に陥ってしまうことがあります。 

実は私には、この“言えない状態”にまつわる苦い経験があります。ある日、自宅で介護を受けていた祖母が私のパンプスを履いて玄関に立っていたことがありました。その姿を見た母は驚いてヒステリックに「ダメじゃない、そんなことしちゃ! 危ない!」と怒鳴りつけてしまいました。実際、危ない状態だったわけですが、祖母は私に自分のサンダルをシューズボックスにしまわれてしまったために、仕方なくその場にあった私のパンプスを履いたのです。裸足で外に出ようとしたわけではなく、落ち度はなかったにもかかわらず叱りつけられてしまった祖母は、深く傷ついて、瞬間的に心を閉ざしてしまいました。そして声を失い、食欲を失い、全身から力が抜けて歩くこともできなくなってしまったのです。この時の祖母は、食べたいとは言わないし食べたいとも思っていない、それが本人の意思のようでした。でも、たった5分前の出来事がなければ「食べたい!」と目を輝かせたはずですし、その5分前の出来事は祖母の意思ではありませんでした。この加害者体験によって私は“本人の意思とは何か?”という問いと向き合うことになりました。

その後、祖母は唇に冷たいスプーンを付ければ反射的にわずかに口が開くものの、小さなデザートスプーンを使い1時間以上かけて食事介助をするという粘り強い介護が1年以上続くことに。そしてようやく、よく喋り、よく食べ、よく動き回る、認知症の祖母に戻ってくれたのです。 

そんな祖母でしたが、90歳になって脳出血で入院し、再び“喋る”“食べる”“動く”の機能が停止しました。

入院中の祖母は声に出して「家に帰りたい」とは言いませんでしたが、家族は祖母が「家に帰りたい」という意思を持っていると確信していました。

 実は祖母が倒れたとき、私は救急車を呼ぶ前に、祖母を歩かせてみたのです。「もし命が終わるタイミングであれば、救急車は必要ない。歩かせてみてもし倒れ込んで命が終わるならば、それが答えだ」と思ったからです。すると祖母はゆっくりと足を前に運び、その全身からは「生きることへの情熱」があふれ出ていました。そんな祖母を目の当たりにした私は、祖母の死を覚悟した上で、その情熱を支援するために救急車を呼びました。

家族からみた祖母の味覚、意欲の評価

祖母の容体は判断が難しく、医師と話し合った結果、消極的な治療をすることになりました。終末期である可能性が高かったため、本人の生命力にゆだねることになったのです。すると幸いなことに1週間後、容体は落ち着きました。しかし麻痺の後遺障害が残り、言葉を発することや意志表現は戻らず、口を開けることも難しい状態に。

 そのため、祖母の鼻には栄養を摂取するために経鼻経管がつけられました。祖母はこの存在が不快で何度も外そうとしたため、看護師によってミトンを付けられた手はベッドにも拘束されていました。また足をごそごそと動かすため落下の不安があるという理由で、足もクッションで固定されていました。 

私はこうした事実から、祖母が不快を解消するために行動する能力と意欲が充分あることを理解しました。ただし同時に、入院期間が延びるに従ってその能力は失われ、意欲も減退するだろうと判断しました。 

祖母は胆のう炎を併発して入院期間が延びたため、私は物言わぬ祖母の口腔ケアをするために毎日病院に通いました。せめてお口の中だけは快適にしてあげたい、私は時間をかけ、丁寧に行いました。そして、祖母が唾液を飲み込んでゴクンと喉が動いていることに気付いたのです。「食べる機能が回復する余地はあるのかもしれない」。その瞬間、「味覚があるのか確かめたい」という気持ちが湧きあがりました。 

翌日、口腔ケアのスポンジに水ではなくリンゴジュースを含ませてみると、衝撃の反応が起きました。祖母はスポンジに吸い付いてきたのです。そして、上手に飲み込んだではありませんか。「もっと欲しい!」「これを待っていた!」祖母の心の声が聞こえてくるようでした。味覚があるという事実は、家族にとってとてつもなく大きな「希望」でした。味わうだけなら嚥下機能の回復は必要ないので、色々な味を楽しめさえすれば、祖母は今よりもハッピーになれるのです。

 私は祖母を眺めながら、「彼女はきっと、『自宅でおいしいなぁと一口味わってから死にたい』と言うのだろうな」と思いました。そして家族は、「本人に満足してもらえるなら、余命は短くて良い」という考えでまとまりました。こうして在宅療養後半戦のテーマは“食べるリハビリと、自宅でリラックスして死ぬこと”に決まりました。

「家へ帰ろう」という思いと意欲

入院中、看護師から経鼻経管以外に胃ろうの選択肢があることを聞きました。さらに、インターネットで胃ろうの活用が摂食嚥下リハビリに有効であるということを知りました。しかし、医師からは在宅での摂食嚥下リハビリの提案はありませんでした。医師に知識がなかったか、あるいは祖母は適用外だと判断したのかもしれません。

私は医師に胃ろう造設を依頼しましたが、理由の説明はしませんでした。主治医との信頼関係は厚かったので、根拠となる観察の事実を示して私の療養計画を打ち明けても良かったのですが、あえてしませんでした。

その理由は、「消極的治療を選択したときから、祖母の命の責任主体は医師から家族に移行した」と考えていたからです。もちろん法律上の責任は医師にあるのですが、退院後の命を左右するのは明らかに家族です。

全介助の療養は、わが家のようなベテラン介護者がいる家庭であっても相当の覚悟が必要になります。そして覚悟を決めるためには「療養の目的」が重要で、曖昧なまま退院すれば失敗します。わが家では、すでに療養の目的を見つけ、病院にして欲しいことも具体化していました。脳外科と整形外科で構成される100床ほどの2次救急病院には、昼夜の区別なく死と隣り合わせの患者が運ばれてきますから、私の打ち明け話に時間を使うべきではないと考えたのです。

救命が時間との戦いであるのと同様に、退院支援もまた時間との戦いです。廃用症候群で回復の芽が消える前に「療養の目的」を見つけ、患者を引き取ることは、在宅医療の使命だと思います。 

家族の「早く家に帰してあげたい」と思う気持ちは強まるばかりでした。ミトンを外した瞬間、経鼻経管に手が伸びます。クッションを外せば足が動きます。リンゴジュースが大好きです。このこと以外にも祖母の思いや意欲を感じ取れました。

もしも、言葉で表現できる根拠がひとつもなかったとしても、家族の気持ちは変わらなかったと思います。最後は家族側の覚悟と情熱が退院の鍵になるのだと思います。

 

著者プロフィール:宮崎  詩子

ダイアローグ・メソッド・アソシエーション 代表理事
株式会社テレノイドケア 代表取締役

1976年東京生まれ。人形作家として活動する一方、約15年間、祖母の介護に没頭し、お洒落で楽しく幸せな介護を実現。その経験を社会資源にしようと2014年一般社団法人ダイアローグ・メソッド・アソシエーション(D–Method)を姉妹で設立。在宅ケアの患者家族代表として活動し、これから介護と向き合う方々には最初から幸せな体験をしてもらいたいと思いノウハウを色々な形で事業化。車椅子生活をお洒落にするスカート型のひざかけ(販売KISS MY LIFE)や大阪大学基礎工学部 石黒 浩 教授が開発したテレノイド™を用いた介護職向け研修サービス『テレノイドケア』の事業化を手掛ける。2017年株式会社テレノイド計画代表取締役就任。著書に『老いを育てる―在宅介護のエトセトラ』(医薬経済社)

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