ログイン
会員登録
eatlinkとは

高齢者の自立?自律? 介護保険の「自立支援」とは何か

ライター: 吉田 智美

介護保険による「自立」とは

“人生100年”とも言われる時代、どうせ長生きするなら健康に過ごしたいですね。2013年の統計ではわが国の男性の健康寿命は71.19歳、女性は74.21歳です。寿命がのびるとともに、健康寿命ものびていますがその差は縮まってはいません。人の寿命はそれぞれですが、何らかのきっかけで身の回りの事や生活に手助けが必要となった時点から亡くなるまでの期間は何らかの介護またはサポートが必要になります。つまり平均寿命と健康寿命の差は日常生活に何らかの制限がある期間となります。手助けが必要な時期のはじまりから寿命までの一定期間は、どうしても他人の力を借りる必要があり、すべてを家族だけで賄うことは難しいため、介護保険を使うことになります。

介護保険法の第1条(目的)には次のように書かれています。

「この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」

またこの法律でいう要介護状態とは、

「身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排せつ、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、厚生労働省令で定める期間にわたり継続して、常時介護を要すると見込まれる状態(第7条)

を指します。 

つまり、常時介護を要すると見込まれる状態の人が、その人の有する能力に応じて自立した生活を営むことができるように介護保険制度があるのですが、一体その“自立”とは何でしょう。自立の状態についての説明は介護保険法の中にはなく、辞書で調べてみると、

1. 他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。2. 支えるものがなく、そのものだけで立っていること。」『デジタル大辞泉』

とあります。 

要介護状態は連続的で、個人によって必要な介護の程度が異なります。さらに難しいことに、体の状態だけでなく住環境などによっても介護の必要度合いは違い、他人には分かりません。また高齢者は加齢とともに緩やかに機能が低下していきます。その機能低下も単純に年齢だけでは判断できません。こうした状況の中で「高齢者の自立を目指す」と言っても、専門知識も人的リソースも乏しい個人や家族の努力だけではどうにもなりません。したがって、地域包括ケアシステムの文脈で考えてみると「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」システムが構築されることこそ、高齢者が自立できるようになるということになります。

自律した人の生活は介護保険に捉われない

一方で、“自律”についても辞書を引いてみると、

1. 他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること。『自律の精神を養う』他律2. カントの道徳哲学で、感性の自然的欲望などに拘束されず、自らの意志によって普遍的道徳法則を立て、これに従うこと。。」『デジタル大辞泉』

と書かれていました。“自立”と“自律”の違いをあえて定義するならば、単に状態を指すのが“自立”、より自らの意志をもって行動しているのが“自律”となります。 

“人生100年”、死までの時間を先送りした期間は誰のものでもなく自分自身のものです。誰かの敷いたレールの上を進むのではなく、最期の瞬間まで生ききることが今の私たちに突き付けられている課題です。「介護保険で生活のすべてを賄ってくれればいいじゃないか」と考える人もいるかもしれませんが、公的保険は社会全体の助け合いで成り立っており、将来起こるかもしれないリスクに対して加入者(=国民)が公平に保険料を負担するという制度です。介護保険は医療保険よりも受けられるサービス内容に個人差があり、かつ生活に関する内容すべてを保険や税金で賄うという社会的な合意は得られていません。

介護保険はあくまでも保険であり、制度の設計上も生活のすべてを解決するものにはなっていないのです。また、まだ満足のいくサービスが社会にあるとは言えませんが、介護保険以外のサービスとの併用もできるようになっています。[1]

私たちの生活は介護保険の枠の中で納まることはありませんし、また誰かに強制されて生きるものでもありません。ましてお金や誰かから与えられるサービスがあるから自律できるのではなく、誰とつながり、好きなところで生活したい、好きなものを食べたいなどという思いがあるからこそ自律した生活ができるのです。幸せは誰かから与えられるものではなく、自らが幸せを実感できるものを持つことこそが自律なのです。

自律しながら生きるために

介護保険は社会の助け合いであり、限りある資源です。そのためどこかで提供するサービス内容に制限をかけざるを得ないのが現実です。この限りある資源をどのように使うべきかについて、介護保険法では国民自身が健康でいられるよう努力することが書かれています。[2] 「介護予防」や「要介護度が上がらないように国民がリハビリテーションに努めること」がそれにあたります。リハビリテーションと聞くとどうしても医学的なものを思い浮かべがちですが、生まれながらにして持っている人権が本人の障がいや社会制度、また慣習・偏見などによって失われた状態から、本来あるべき姿に回復させるための手段が本来のリハビリテーションです。[3]

自律を分かりやすいようにあえて「本人らしさ」と言い換えると、それは本人が普段の生活だったり、友人との付き合いだったりと、日常のエピソードが「本人らしさ」をあらわしていると思います。国民がリハビリテーションに努めるのは、自分自身が本人らしくあるように努力をするという意味になります。

世界生活機能分類(ICF)

図:世界生活機能分類(ICF) 

「ADL(日常生活動作)が自立していても虚弱」という高齢者がいれば、「体は元気なのに、認知症があって突然家からいなくなってしまう」という高齢者もいます。しかし本質は「虚弱だから○○というサービスが必要」とか、「認知症だから○○が必要」ということではありません。これを世界生活機能分類(ICF)の考え方からすると、その人の生命レベル、個人レベル、社会レベルで考えるとこれまであまり考えてこなかった社会参加という視点が必要になります。国民一人一人の視点で考えるのであれば、自らが健康であるように努め社会参加をすることも大切です。そしてそれを支える社会環境づくりが、地域包括ケアシステムであり自律を助ける自立支援介護なのです。

 

[1]介護事業について異業種参入が難しいという指摘が公正取引委員会よりあった。http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/sep/160905_1.html

[2] 「国民は、自ら要介護状態となることを予防するため、加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努めるとともに、要介護状態となった場合においても、進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有する能力の維持向上に努めるものとする。(第4条)」

[3] WHOでは「「リハビリテーション」とは能力障害あるいは社会的不利益を起こす諸条件の悪影響を減少させ、障がい者の社会統合を実現することを目指すあらゆる処置を含むものである。「リハビリテーション」は障がい者を訓練してその環境に適応させるだけではなく、障がい者の直接的環境および社会全体に介入して彼らの社会統合容易にすることも目的とする。障がい者自身、その家族、そして彼らの住む地域社会はリハビリテーションに関係する諸種のサービス計画と実施に関与しなければならない」と記載。

 

 

著者プロフィール:Health Communication Facilitator ®   吉田智美

愛知県名古屋市生まれ。中京大学体育学部健康教育学科卒、立教大学ビジネスデザイン研究科でMBAを取得。医療業界での営業、教育の仕事を経て、現在はフリーで活動。医療・健康に関連するあらゆるコミュニケーションの場における理解の促進や問題解決を助けることを仕事としている。ステークホルダー全員で共に考えていく仕組みや場づくりに情熱を注ぎ、中でも合意形成に興味があり、「ゆるやかな合意」について研究している。

前の記事へ
次の記事へ

関連記事

注目記事

page top